2015/08/02

[TOU-LOVE] 2015年7月トーハク刀剣ガイドツアー

 東京国立博物館では、ボランティアによるガイドツアーがジャンル別に多々組まれており、刀剣(1階13室)・武士の装い(2階5室と6室)は毎月第4土曜日の13時半からです。


集合場所には女審神者と思しき方々を中心に約50名が集合。

多い、と感じたのですが、主催側の読みよりは少なかったようです。

「人気者の三日月宗近は引っ込んじゃいましたが」

ガイドさんの前説でも、こんな一説が。

つい数日前まで三日月宗近が展示されていた13室は混雑しており、ガイドツアーでも配慮の結果、2階の展示に絞っての行程が組まれたのです。

来月のツアーからは1階13室も復活させたい旨をおっしゃってました。


13室には、7月22日から厚藤四郎が登場。横から見るとやはり名前通りの重厚感ありました。 

粟田口吉光が刀を打っていた鎌倉時代には鎧通しはまだ無かったと言われていますが、厚藤四郎が吉光作として名将たちの手を渡ってきたのは事実で。

あと古備前正恒も国宝指定にふさわしい優美な落ち着きを覚えました。

(刀を見た感想を書こうとすると、表現の貧困さを痛感します。

  武具由来の慣用句は多いのですが…。

 ツアーで配布されたビラに記載されただけでも「つば迫り合い」「目ぬき通り」「勝って兜の緒を締めよ」「伝家の宝刀」「元の鞘に収まる」「折り紙付き」)


50名近い参加者は二組に分かれて、2階を回りました。

私の参加した組は、6室の甲冑からスタート(つまり逆回り)

明治時代に再現された大鎧と室町時代の腹巻、安土桃山~江戸時代の具足を見比べながら、変遷の理由について説明を受けます。


鎌倉時代の合戦では、大将と雑兵が明確に区別されていました。

馬に乗った大将(大鎧着用)が一騎打ちを行い、雑兵(腹巻着用)は槍に討ち取った首をぶら下げたり、サポーターとして同伴していたのです。

南北朝時代になると弓矢が飛び交う集団戦となり、大将も地上を駆ける必要に迫られました。

よって、動きやすい腹巻をまとうようになりました。


火縄銃が伝来した戦国時代には、飛来する驚異に対抗すべく装甲で隙無く覆う工夫が重ねられ、「当世具足」が誕生しました。

具足とは仏教用語で、物事が十分に備わっている状態を指します。

NHKの大歴史実験では、火縄銃に思い切り貫通されてましたが。

当世具足は、鉄砲と共に南蛮から渡来した西洋甲冑の影響も受け、ビジュアルでも威を放つ奇抜さも追求されました。


続いては、これも年代別に並べて展示されている兜について。

鎌倉時代の星兜は、何枚ものパーツを繋ぎ止める鋲が星のごとく映るからのネーミング。

兜も時代が下るにつれパーツ間の隙間がなくなり、平行して自己主張や縁起担ぎのデザインが進化していきました。


安土桃山~江戸の作品として一ノ谷形兜がありましたけど、これは義経の武勇にあやかった一の谷っぽい絶壁に加え、後光が差すような後立てがつけられており、家康が息子に幸運が訪れるよう込めた願いが伝わってくるようでした。

なお、その息子とは頼房だったり(燭台切が伊達家から水戸徳川家に来た当時の水戸藩主)


刀は2階でも1階でも展示されていますが、2階は「武士の装い」がテーマだけに拵えと並べての展示が多いです。

拵えは刀を手に入れた持ち主が、似合うのを作ってやろうと新装するケースも多く、必ずしも刀身と同時代の作品とは限りません。


刀剣乱舞でもお騒がせの話題となっている、太刀と打刀の区別。

太刀は鎧の説明でも触れた馬上戦時代の装備で、切っ先が馬に刺さらないよう下に反っています。

これが地上戦の時代に移行すると、相手より先に抜刀できるよう上に反る打刀が主流となります。

刀身のサイズも、馬上から振り下ろす攻撃ではなくなったため、必然的に短くなりました。


刀が太刀か打刀かを見分けるすべとして、銘があります。

刀は右手で扱うため左の腰に差されます。

銘は腰に差して外側になる面に切られています、普通は。

ただし、逆に切る刀工もいます。

展示品にも鎌倉時代の太刀に安土桃山時代の打刀拵えが附属しているものがあり、ゲームの刀種ほど厳密に区分されているわけではないようです。


最後は本来、「武士の装い」展示のオープニングを飾る徳川四天王・榊原康政所用の黒糸威二枚胴具足について。

威(おどし)とは「緒通し」を意味し、この場合は黒い糸が通されています。

トーハクは膨大なコレクションを有しており、康政の甲冑ももう一組、まるで西洋の騎士みたいなボディのものを所蔵しています。

現在展示されている具足(背中にある旗を差すためのジョイントがシュール)は、なんと着用した本人の肖像画と並べて展示されています。贅沢ですね。

肖像画はよく見ると、実物の甲冑にはない肩のパーツ(大鎧をイメージ)があったり、打刀ではなく太刀を装備していたり、誇張されているのが分かります。

康政もまさか数百年後に盛ったのを晒されるとは思っていなかったでしょう(笑)


所要時間40分なので、ガイドさんも早口で頑張ってました。充実した時間が過ごせて良かったです。

皮膚の記憶

努力家を応援するのは公平世界仮説を証明してほしいから。 スージングタッチで癒されないのは昔の男に触れたり触れられたりした記憶が蘇るから。 今の歪みが過去に起因しているのは分かる。 ならば、どうしたらいい?